福岡 霊園 お墓 永代供養なら二見ヶ浦公園聖地

  • 文字の大きさ
  • 標準
  • 拡大

092-327-2408

糸島周辺情報

TOP

>

糸島周辺情報

>

いとしま伝説の小径

>

草場城の荒くれ姫 ~桑原の山に残る地名~

いとしま伝説の小径

草場城の荒くれ姫 ~桑原の山に残る地名~

福岡市西区の元岡校区から北崎・志摩桜井方面は、今でこそ随分交通の便は良くなったが、昔は山々が入り組み「奥志摩」の俗称さえあった。その桑原から北崎に続く山道に「狩衣(かりぎぬ)」とか「飛櫛(ひぐし)」などの変わった地名が残っている。


今から四百数十年前、怡土の原田と志摩の臼杵が勢力争いを繰り返していた頃、北崎の柑子岳(こうしだけ)に草場城が有り、城主臼杵新助の一人娘に雪姫がいた。


雪姫は両親の慈愛を一身に集め十八の娘盛りとなった。しかし、戦国時代の山城で荒武者どもを相手に育ったせいか、着飾るよるも武芸が好きで、暇さえ有れば馬を飛ばして山野を駆け巡り、「雪姫」といえば「荒くれ姫」として、知らぬ者は無いほどだった。


ある日のこと、城中の徒然を慰めるため、巻狩りが催された。草場から桑原へかけての山々に、城中あげての武者達が勢子(せこ)として獲物を追い出すために配置された。


雪姫は大喜び、彼女は城の南方に有る陣野という小高い丘を持ち場として数名の従者と共に獲物のイノシシを待ち受けた。イノシシの通路と思われる各所には、予め落し穴が掘られている。イノシシは猪突猛進で一直線に走るが、普段は用心深いので穴に落ちたりはしないが、追われている時は勢い余って穴に落ちる。そこを上から長い槍で突くのである。


やがて、子牛ほどもある巨大なイノシシが勢子に追われて現れた。雪姫は強弓を引き絞り、イノシシ目掛けて一矢を放った。矢は見事命中したが、手負いとなったイノシシは狂ったように南の峰づたいに逃げて行く。逃がしてなるものかと雪姫はその後を追う。山中の雑木を押し分け、谷を飛び越え、峰を伝い、イノシシと姫の一騎討ちである。


こうして山の中を走り回ったあげく、イノシシはとうとう落とし穴に落ち込んだ。雪姫は息を切らしながら追いつき、すかさず木槍でイノシシを仕留めた。後から追いついた従者にこれを担がせ、意気揚々と城中を引き揚げた。
今日の手柄の第一は先ず雪姫ぞと、父の新助も大喜びで、まもなく飲めや歌えやの大酒宴が始まった。
ところがここに一大事が起こった。雪姫が着ていた狩衣と、母から預かっていた大切な櫛が無くなっていることに気付いたのである。イノシシを追う時に振り落としたものであろうと、家臣たちに探させてはみたものの、広い山野のこと、どうしても見つからない。


それ以来、雪姫の機嫌も次第に悪くなり、城内をあげて心配していたところ、それから数日後、村の農民数人が「こんな品が落ちていました」と恐る恐る届け出た。狩衣は雑木の枝に引っ掛かっており、また櫛は落とし穴の近くの草むらに落ちていたという。無論、城主初め雪姫も城内あげて大喜び、農民たちにたくさんの褒美を与えて帰した。


このことが有ってから、いつからとも無く狩衣の有った所をそのまま「狩衣」、櫛の落ちていた所を「飛櫛」と呼ぶようになり、それが今でも地名になっているという。

©FUTAMIGAURA Foundation.All Rights Reserved.